日産・フェアレディ・オーナーズクラブ  

1969年11月、美しいファストバック・ボディに身を包んだ”フェアレディZ”S30 型がデビューする。Zがつくフェアレディの最初のモデルである。モノコックのテール・ゲート付き2シーター・ボディに、直列6気筒SOHC1998ccエンジンを搭載、最高速度195km/hを誇った。

一つの頂点を極めたオープン・スポーツであったフェアレディ(SR311/SP311型)とは、イメージをがらりと変えるクローズド・ボディの採用は、騒音、気密、居住性だけでなく、軽量化を図るための剛性確保にも必須の条件であった。S30型の開発は1966年に始められている。高性能セダンや、スポーティーな車を含めた市場が伸びつつあったことに加え、全国的な高速道路網の整備・発達により、スポーツカーを受け入れる土壌が日本にも備わってきたことが、その背景としてあげられるだろう。

2シーターのロングノーズ/ファストバックのクーペ型ボディを持つS30型は、ダイナミックなスタイリングに、高い居住性、実用性を備え、グランド・ツアラーを指向しつつあった70年代に喝采を持って、受け入れられた。

同時に発表されたフェアレディZ432・PS30型は、S20型直列6気筒DOHC1989ccエンジンを搭載した高性能GTであった。4バルブ、3キャブレター、2カム・シャフトから名付けられたZ432は、当時のスポーツカー愛好家の垂涎の的であった。

1971年には対米輸出用であったフェアレディ240Z・HS30型がバリエーションに加えられた。240ZGと呼ばれたHS30H型は、グランド・ノーズにオーバー・フェンダーを身に付け、直列6気筒SOHC2393ccエンジンで、最高速210km/hを誇った。

1971年4月12日、東アフリカで行われた第19回サファリ・ラリーに240Zがエントリー。ゼッケン11、ハーマン/シェラー組のDATSUN240Zが総合優勝、さらに総合2位にも、同じくメッタ/ディティ組が入り、クラス優勝、メーカーチーム優勝も獲得、見事、三冠に輝いた。

当時、スポーツカーは高価で運転もメンテナンスも難しく、一部愛好家のためだけの存在であった。フェアレディZ・S30型はこうした従来の概念を塗り替え、幅広い人々にスポーツカーに乗る喜びを提供した初めてのスポーツカーとして、世界のスポーツカー史に残る一台である。このことは、この車が次のS130型へ変わるまで、8年以上の長きに渡って生産され続けたことからも裏付けられる。

(Photo/Text : NISSAN SPORTS 1995 CALENDARより)